【eBay史上最高落札額のバスケットボールカード】
2019年2月20日(日本時間2月21日)、アメリカのオークションサイト”eBay”にて元NBAのスーパースター、マイケル・ジョーダンの1枚のカードが$350,100(約3878万円)で落札された。
そのカードとは”1997-98 Metal Universe Precious Metal Gems #23 Michael Jordan”。詳しい説明は後述するが、今から20年前に発売されたNBAカードのパックからごく稀に出てきたマイケル・ジョーダンの10枚限定のカードである。
$351,000という落札額はeBayで落札されたバスケットボールカードの中では史上最高額。また歴代のバスケットボールカードでも、1位のルー・アルシンダーの最高状態と鑑定された1969年発行のルーキーカード($501,900)、2位のジョージ・マイカンの最高状態と鑑定された1948年発行のルーキーカード($403,664)に続いて歴代3位の高額カードとなる。
【オークションの経緯】
このオークションは落札者決定までに紆余曲折があった。まず最初に誰でも入札出来る状態でeBayに出品された際は、いたずら入札もあったのか一気に$600,000まで額が上がってしまいオークションは一旦中止。その後、出品者は事前に登録したメンバーだけが入札可能な会員制オークションにルールを変更しカードを再出品した。
ネットオークションサイトのeBayは出品終了時間に最高額を入札していたユーザーが落札者となるため、高額落札が予想されたこのカードも終了間際までは$200,000程度の入札額に落ち着いていた。しかし、最後の2分間になると複数のユーザーによる入札合戦が始まり、それまでの入札額から$150,000も高騰。終了時刻8秒前に次点の入札者が$350,000を入札したものの、落札者となる別のユーザーが先に$350,100を入札していたためそのままオークションは終了となる。
もしこれが普通のオークションであれば次点入札者が納得する額まで入札額を吊り上げられるのだが、「終了時点で最高入札者であればいい」というネットオークションの特性を十分に生かした落札者が、最終的には僅か$100の差で”Holy Grail of modern cards(現代カードの聖杯)”と呼ばれるカードを手にした
【Holy Grailと呼ばれるカード】
”Holy Grail”とは元々キリストが最後の晩餐に用いた聖杯のことを指し、中世ヨーロッパではこの聖杯を追い求める武勲詩が多く残されたことからそれを転じて「究極の目標」、「至高の一品」という意味でも使われる。
トレーディングカード、トレーディングカードゲーム全般を見渡してもHoly Grailと呼ばれるカードはひとつしかない。それは1909-1911年にかけて発行された”T206”と呼ばれるシリーズのホーナス・ワグナーのカードだ。
当時タバコのオマケとしてベースボールのスター選手が印刷されたカードを箱の中に入れるのが流行していたが、非喫煙者だったワグナーは自身のカードをタバコのオマケにすることを良しとせず彼のカードは全回収となった。しかし、回収が間に合わなかったごく少量だけが市場に出回ってしまい、その希少性からこのカードは他に類を見ない特別な1枚として知られることとなる。歴史の浅いアメリカにおいてこのカードは文化財レベルの逸品であり、まさに聖杯と呼ばれるに相応しい存在と言っていいだろう。
今回のオークションの出品者、そしてこのオークションを取材した海外のメディアはこのジョーダンのカードをこぞってHoly Grailと表現している。これはこのカードが、ワグナーのカードの系譜を継ぐ現代カードにおける新たな聖杯として認められた何よりの証明である。
【Precious Metal Greenとは?】
そもそも今回これほどまでに高額となった”1997-98 Metal Universe Precious Metal Gems”とは一体どういうカードなのか?ここで順を追って詳しく説明していきたいと思う。
まずこのカードが入っていたのはNBAの1997-98年シーズンに発売された「メタルユニバース」というブランド。このメタルユニバースのパックを開けると、「プレシャスメタル」と呼ばれる100枚限定のパラレルカード(レギュラーカードのバージョン違い)がごく稀に出てきて、カードに刻印された限定数が1番から10番までのカードは緑色に、11番から100番までのカードは赤色に光る処理がそれぞれに施されていた。
当時、NBAカードは少量の限定数を設けたシリアルナンバー入りカードがブームの最中で、このプレシャスメタルはその中でも特に出なかった。数百パック開封して赤のプレシャスメタルが出るかどうか、緑に関しては引き当てるどころか現物を見るのも難しく、引き当てた人がいればその選手名と場所が噂になって流れてくるほどだった。
そしてこの年のメタルユニバースのレギュラーカードにラインナップされたNBA選手は総勢123名。つまりこのカードは「緑色のプレシャスメタルを引き当て」、更に「123選手いる中でその選手がジョーダンである」といったとてつもない低い確率をくぐり抜けて世に出てきた物なのである。
【カード鑑定結果に関する記述】
今回オークションに出品されたカードはカード鑑定会社であるPSAの鑑定を受けており、その評価は単に「Authentic Altered」となっている。通常PSAの鑑定ではカードの状態によって1から10(10が最高点)までの点数がつけられるのだが、このカードは「本物ではあるが変更が加えられている」と判断されて点数はつけられず本物と証明されるだけに留まった。
PSAによるとカード右側のエッジ部分に「不規則な磨耗が見られた」ので改変が加えられたと判断したのだという。これに対し出品者は「これは世界中にあるジョーダンのプレシャスメタルの中でも最も優れた状態を持つ1枚で、本来であれば10点中6点、あるいは7点がつけられるほどのカードである。私達にはこのカードに変更が加えられたようには見えないが、それでもPSAの意見を尊重する」とコメントを残している。(※1)
結果的に相当な高値で落札されたことから出品者の言い分が認められた格好にはなったが、もし今後このカードよりも状態が良い物が市場に出てくれば、更に高額で取り引きされることは間違いないだろう。
【現代カードの聖杯へ】
メタルユニバースのパックが発売された1997年当時、ジョーダンのプレシャスメタル・グリーンの相場はおおよそ100万円だと見られていた。それでも当時は直筆サインも実使用ジャージーもついていないカードにそこまでの価値を見出す人は少なかった。
しかし、2015年8月のオークションでジョーダンのプレシャスメタル・グリーンは$91,300(約1011万円)という発行当時の10倍の価格で落札される。そして3年半後の今回はそこから更に3倍以上の値をつけた。(※2)
この急激な価格の上昇は、元祖Holy Grailであるワグナーのカードがたどって来た道のりとよく似ている。ワグナーのカードも当初$25,000~$30,000の値動きを見せていたが、市場の相場が$100,000を越えたあたりから「所有することがステイタスになる投機品」のように扱われだしたのだ。
カードを手に入れたオーナーはそのカードを所有している栄誉を十分に満喫した後に、自分が手に入れた以上の価格で売却する。そして新しくオーナーになった人物も同じことを繰り返す。そうしてカードの相場は天井知らずで上がり続け、現在ワグナーのカードは一番高いものでは日本円で3億円を越えるまでに至った。
ここから先は単なる憶測になるのだが、おそらくジョーダンのプレシャスメタル・グリーンも同じような道筋をたどるのではないかと思われる。それはカード相場の急激な上昇からも推測出来るし、何よりスポーツ選手としての知名度や実績、そして「神」とも呼ばれるその存在感も含めてマイケル・ジョーダンは「現代カードの聖杯」の対象となるには格好の存在だ。数年後、このカードが1億円を越える価格で取引されてもそれは何も不思議なことではない。
数千万円、数億円にもなるカードだと我々には縁遠い話に聞こえるが、このカードが出現したメタルユニバースのパックは日本でも1パック400~500円程度で売られていて、当時は誰でも購入することが出来た。もしかしたら今現在ショップに並んでいるパックの中にも、次のHoly Grailとなるカードが潜んでいるのかも知れない。
トレーディングカードのパックには夢が詰まっている。そんなことを再認識させられる一件だった。
※1:出品者による商品紹介ページより引用
https://www.pwccmarketplace.com/items/1921845
※2:2015年出品のカードと今回出品されたカードは別のカード
soma【ライター/イラストレーター】
長年カード関連の企画・出版物に記事を寄稿しているライターであると共に自身も90年代初頭から四半世紀に渡りカード収集を続けているカードコレクター