日本時間の5月23日午後0時、海外オークションサイト『ゴールディンオークション』に出品されていたマイケル・ジョーダン(元ブルズ等)の直筆サイン入りジャージーカードが210万3300ドル(約2.3億円、手数料込)で落札された。金額だけを見ればこれはNBAカード史上3番目の高額取引カードとなる。
ちなみに2021年6月7日時点でのNBAカード高額取引ランキング1位、2位は以下の通り。
1位:2003-04 UD “Exquisite Collection” #78 LeBron James Gold(#/23) BGS9 520万ドル
2位:2018-19 National Treasures #127 Luka Doncic Logoman Patch RC (#1/1) 460万ドル
今回のジョーダンのカードはこれらに次ぐ歴代3位ということになるが、上記1、2位のカードはどちらも個人間で取引されたものになり、ある意味では非公式な記録であるとも言える。つまり公的なオークションで落札されたカードだけを対象とするなら、今回のジョーダンのカードが史上最高額のNBAカードとなる。
それ以前のオークションにおけるNBAカード史上最高額は、2020年9月の同じくゴールディンオークションに出品されたヤニス・アデトクンボ(バックス)の2013-14年『ナショナルトレジャー』の直筆サイン入りロゴマンパッチ・ルーキーカード(世界限定1枚)で、落札額は185万7300ドル。現時点で歴代4位の落札額となる。
【このカードは一体どういうカードなのか?】
話をジョーダンのカードに戻そう。このカードのデータを箇条書きで書くと以下のようになる。
・1997-98年シーズン発行
・アッパーデック社の普及版ブランド『アッパーデック』のシリーズ2に封入されたインサートカード
・インサート名は『ゲームジャージー』
・選手が実際に使用したジャージー(ユニフォーム)の切れ端がカードに挟み込まれている
・ジョーダンのカードに使用されているのは1992年にオーランドで行われたオールスターゲームで使用されたジャージー(他の選手は所属チームのジャージー)
・ジョーダンのカードにだけ23枚限定でサイン入りバージョンが存在する
上記の情報だけでもこのカードが特別なものであることが分かるが、このジョーダンのカードがなぜオークション史上最高額を叩き出すまでになったのかを理解するには、ここには書かれていないいくつかの要素、時代的背景を知る必要がある。次の項から、それらの要素をひとつずつ説明していきたい。
【ジョーダンサイン入りジャージーカード・高額化の理由】
≪理由その1:NBAカード史上初のジャージーカード≫
このインサートカード『ゲームジャージー』は、NBAカード史上初のメモラビリアカード(ジャージーカード含む実使用系カード)シリーズとなった記念すべきカードである。(※注1)
ジャージーカードは「選手が実際に使用したジャージーの切れ端をカードに挟み込む」というそれまでに無かった新しい発想のカードで、その登場は大きな驚きと感動を以て迎えられた。
4大メジャースポーツの中では1996年にNFLカードで発行されたのを最初として、その後NHL、MLBの順番で実装。タイミングとしてはNBAが一番最後になったが、NBA版のジャージーカードは横型のより洗練されたデザインに変更され、ジャージー部分のスウォッチ部分も従来のものより面積が大きくなった。
ジャージーカードの登場により、1990年代末期から2000年代初頭にかけてのスポーツカード界ではメモラビリアカードの大きなブームが巻き起こる。その中でも1997-98年シーズン発行のゲームジャージーはメモラビリアカードの元祖的存在として現在も評価が高い。
≪理由その2:驚異的な低確率≫
近年ではジャージーカードは「ボックスを買えば1枚は出るカード」くらいの認識だが、1997-98年のゲームジャージーは出現確率が「1:2500パック(2500パックにつき1枚出現)」という驚異的な出難さの低確率インサートだった。これは1ボックスが24パック入りだと仮定すれば、100ボックス以上のパックを開封してようやく誰かのジャージーカードが1枚当たるという計算になる。この強烈な出難さこそが、1997-98年のゲームジャージーを更に特別な存在へと押し上げている。
これはあくまで通常のジャージーカードが当たる確率で、23枚限定のジョーダンのサイン入りジャージーカードは通常版のジャージーカードよりも当然発行枚数が少ない。その出現確率は数万パック、あるいは数10万パックに1枚…、いや、もしかしたらそれ以上に当たり難いのかも知れない。現物が市場に出てくるだけでも奇跡に近い超貴重な1枚なのである。
≪理由その3:ジョーダンの象徴となるカード≫
現在NBAカード高額ランキングの上位10位以内に入るカードは全て100万ドル(約1.1億円)を越えており、ジョーダン以外のカードはほとんどがルーキーカードかルーキー年度に発行されたカードで固められている。
1位~4位(冒頭で紹介した4枚のカード。上からレブロン、ドンチッチ、ジョーダン、ヤニスの順)
5位:2003-04 UD “Exquisite Collection” #78 LeBron James Gold(#/23) BGS9.5 180万ドル
6位:1996-97 Topps Chrome “Refractor” #138 Kobe Bryant BGS10/Black Label 179万5800ドル
7位:2003-04 UD “Exquisite Collection” #78 LeBron James (#/99) BGS8.5 153万7500ドル
8位:1997-98 Upper Deck “Game Jersey Signed” #GJ13S Michael Jordan PSA NM7 (8/23) 144万ドル
9位:2004-05 Ultimate Collection “Ultimate Signature Logos” #USL-LJ LeBron James (1/1) 129万1500ドル
10位:2013-14 Prizm “Black Mosaic” #290 Giannis Antetokounmpo(1/1) BGS9.5 116万8500ドル
※2021年6月現在のデータによる
高額カードがなぜルーキーカードばかりなのかと言えば、昔からスポーツカードの世界では「カードの中で最も価値があるのはルーキーカード」という価値観があるからだ。レブロンにしても、コービー、ドンチッチそしてヤニスにしても、ここに掲載されているのは彼らのルーキーカードの中でも特にグレードが高いものばかりになっている。
その一方で、ジョーダンのルーキーカードはここには入っていない。ジョーダンのルーキーカードはおそらくNBAカードの中で最も有名なカードであり通常のカードと比べてもかなり高価な部類に入るが、普通の厚紙に印刷された廉価版カードのため発行枚数も多く、高額ランキング上位に名を連ねるようなカードでは無いのが実状だ。
そんな中、ジョーダンの直筆サイン入りジャージーカードが高額ランキング10位以内に2枚(3位、8位)入っていることは、このカードが彼のルーキーカードに代わる象徴的なカードとして認識されているという何よりの証拠だろう(※注2)。このカードを出品した『ゴールディンオークション』は「ジョーダンコレクションの中で並ぶ物の無い逸品」と紹介しており、当時を知らない人でもこれがどれほど重要なカードであるかを感じ取れるのではないだろうか。
【その他の要素について】
「使用されているジャージーがオールスターのものであることは評価の高さに繋がっているのでは?」という見方もあるが、コレクター的な人気はむしろ所属チームのジャージーの方が高いのでジャージーの種類によるカード高騰への影響はあまり関係ないと思われる。
しかし、このカードで使用された1992年オールスターのジャージーはカラープリント部分があり、23枚限定のサイン入りカードにはその箇所が多く使用されている。そしてジャージーカードは、挟み込まれる部分が単色であるよりも複数色(マルチカラー)である方がより高くなる傾向にある。
ジョーダンが所属していたブルズのジャージーにはカラープリント部分がないので、そういう意味ではオールスターのジャージーが使用されていることは間接的にカードの高額化に影響していると言えるだろう(注3)。
今回は周辺情報が多くなってしまったが、歴史に残るカードはこういう沢山の要素や時代的背景が重なり合って生み出されている。高額カードのニュースは時折、「射幸心を煽っている」と批判されることもあるが、高額になるカードにはそれなりの理由があり、その理由を紐解いていくことでNBAカードの歴史をより深く知ることが出来る。
1枚のカードに込められたストーリーを知ることは、よりカードを愛することに繋がるはずだ。
※注1:1996年に発行されたカレッジ系カードの『プレスパス』には、当時NBAドラフトで1位指名されたアレン・アイバーソン(元シクサーズ等)のジャージーカードが封入された。バスケカードとしてはこのカードが初のジャージーカードになるが、このコラムではNBAのライセンスを取得したカードを対象としているので、アイバーソンのカードは対象外となる。
※注2:同じ種類のカードでありながら落札価格に開きがあるのは、3位のカードの方が「コンディションが良好(PSA8評価で8位のカードよりも1段階上)」、「ジャージー部分が複数色(8位のカードは白無地)」、「サインの状態がより良い(PSA9評価で8位のカードよりも1段階上)」だからである。23枚ある同種カードで更に状態の良い個体が出てきた場合、今回よりも更に高額になると考えられる。
※注3:今回のサイン入りジャージーカードには、白地のジャージーに赤と青で印刷された複数色(マルチカラー)部分が挟み込まれている。これを「パッチカード」と表現するところもあるが、パッチとは縫い付け部分を指す言葉であり単なるカラープリントとは明確に分けて考えたい。またアッパーデック社はパッチ部分をカードに挟み込む場合、必ずカードに「パッチ」の表記を入れている。
soma(ライター/イラストレーター)
長年カード関連の企画・出版物に記事を寄稿しているライターであると共に自身も90年代初頭から四半世紀に渡りカード収集を続けているカードコレクター。