今年の6月下旬、海外のオークションサイト『ゴールディンオークション』にて1986-87年シーズン『フリアー』の未開封ボックスが$184,500(約2050万円)で落札された。
また8月中旬にはeBayにて同シリーズの未開封ボックス2箱セットがS550,000(約6050万円)で落札されており、これは1パックあたりの単価で言えば約84万円(1ボックス36パック入り)となる。マイケル・ジョーダン(元ブルズ等)のルーキーカードがラインナップされているシリーズとはいえ、特に超高級仕様でもない通常の紙カードのセットでこの金額は異例なことだ。
今回はこの1986-87年フリアーについて書いていくのだが、ここ最近カード関連のニュースと言えば「〇〇のカードが××万円という高額で落札!」というような話が多く、カードコレクターの中でも高額カードのニュースに対して少し食傷気味になっている人は多いのではないだろうか。
というわけで今回はちょっとテーマを変えて、「この1986-87年フリアーは一体どこが凄いのか?」という視点で書き進めていきたい。
【ここが凄い・その1】マイケル・ジョーダンのルーキーカードが入っている
冒頭の文章の繰り返しとなってしまうが、このブランドが高く評価されている最大の理由は「ジョーダンのルーキーカードが封入されている」ところにある。ジョーダンは引退から20年近く経った現在でも「バスケットボール史上最高の選手」として名前が挙がり、その空中を舞うような華麗なプレイスタイルと映画の中のスーパーヒーローのような完璧なビジュアルは、リアルタイム世代のみならず彼の現役時代を知らない若い世代のファンの心をも魅了し続けている。
このフリアーのジョーダンのルーキーカードは、スポーツカードの鑑定会社PSAによって最高の評価(ジェムミント)を与えられた個体が今年の1月に738,000ドル(約8100万円)で落札されたことが大きな話題となった。もっともこの頃はコロナ禍によるトレーディングカードバブルの絶頂期だったので、現在では相場はこの頃の半分以下に落ち着いているのだが、それでも同等評価のカードが市場に出ると安定して20万ドル後半から30万ドル(約2700~3300万円)近くの値をつけている。
1986-87年フリアーのボックスを開けると、ジョーダンのルーキーカードは大体2枚から3枚の割合で出現すると言われている。この中に入っているジョーダンのカードのセンタリングやコンディションは必ずしも完璧な状態であるとは限らないが、未開封ボックスであるならば誰の手にも触れられていない状態のカードが出てくることになるので、そう考えるとこのボックス価格もそれほど高く感じないのではないだろうか。
【ここが凄い・その2】歴史に残る名選手たちのルーキーカードが満載
さて、勘の良い人ならここで「ジョーダンは1984年デビューなのになぜ1986-87年のセットにルーキーカードが入っているの?」と疑問に思ったことだろう。
実はジョーダンのデビュー当時は、ちょうど全国的に流通するNBAカードが発売されていなかった時期でもあるのだ。ジョーダンがNBA入りする以前はトップス社が1969-70年シーズンから13年連続でNBAカードを発行していたが、売上の不振からか1981-82年シーズンを最後に発行を取り止めている。
では、トップス社が1982年にNBAカードの発行を停止した後はNBAカードを制作する会社が全く無い空白の期間だったのか?と言えばそうではなく、トップス社撤退後の1983年から1986年にかけては新たにスター社がNBAのライセンスを取得しカードを発行している。事実、ジョーダンのルーキーシーズン(1984-85年)のカードもこのスター社によって発行されており、本来であればこれが彼の正真正銘のルーキーカードとなるはずだった。
ところがこのスター社は全国のカードショップや小売店に商品を流通させる能力がなく、制作されたカードセットは会場の売店やテレビの通販番組などでひっそりと販売され、その存在に気付いた一部の人にしか行き渡らなかった。当時のファンの中にはカードが発売されていたことに気づかなかった人もいたに違いない。
このためスター社のカードは実質的に流通されていない非公式品扱いとなり、スター社におけるジョーダンのルーキーカードは「エクステンデッド・ルーキーカード(公式ではない拡大解釈上のルーキーカード)」として取り扱われるようになった。
以上の経緯から1986-87年フリアーは、1981-82年トップス以来、5年ぶりに全国的に発行されたNBAカードセットとなった。そして前述の理由からスター社のカードが非公式扱いとなったので、1982年から1987年の間にデビューした選手にとってはこのセットに収録されているカードが公式のルーキーカードとなる。
1986-87年フリアーにルーキーカードが収録されている主だった選手は以下の通り。
チャールズ・バークリー(元シクサーズ等)、クライド・ドレクスラー(元ブレイザーズ等)、ジョー・デュマース(元ピストンズ)、パトリック・ユーイング(元ニックス等)、カール・マローン(元ジャズ等)、クリス・マリン(元ウォリアーズ等)、アキーム・オラジュワン(元ロケッツ等)、アイザイア・トーマス(元ピストンズ)、ドミニク・ウィルキンス(元ホークス等)、ジェームズ・ウォージー(元レイカーズ)
歴史に残る名選手のルーキーカードがひとつのシリーズにこれほど集中しているのは1986-87年フリアーをおいて他にはなく、それがこのセットをより特別なものにしている。
【ここが凄い・その3】素晴らしい写真の数々
ジョーダンのルーキーカードのダンクシーンに象徴されるように、他のカードにもその選手の特性を表した素晴らしい写真が使われている。ダンクコンテスト優勝者であるラリー・ナンス(元サンズ等)やスパッド・ウェッブ(元ホークス等)のカードにはコンテスト時の有名な写真を、また身長231cmのマヌート・ボル(元ウォリアーズ等)のカードには彼のトレードマークとなるショットブロック時の写真がそれぞれ使用されている。
1枚1枚のカードを紹介していくときりがないが、他にも沢山の良い写真を使ったカードがあり、そういった部分に注目していくといかに1986-87年フリアーが質の高いセットであるのかが理解出来るだろう。
【ここが凄い・その4】未開封ボックスであること
単純に言えば「この年代の未開封ボックスが残っているのは凄い」という話になるのだが、1986-87年フリアーの未開封ボックスを見つけることに関しては他の年代の未開封ボックスを見つけるよりも更に高いハードルが存在している。
それは何故かと言うと、昔(おおよそ1990年以前)のボックスは現在の工場出荷の製品のように透明なシュリンクで密封されておらず、単なる紙の箱にパックをそのまま詰めて出荷されていたからだ。そしてパック自体も、カードの束を不透明のセロハン紙で包んで裏面で糊付けしただけの極めて簡素な作りになっている。
それでは元々未開封という概念が存在しないこのブランドにおいて、「未開封ボックス」とは何を根拠にそう定義しているのだろうか?
『ゴールディンオークション』で落札されたボックスの画像を見てみると、オリジナルの商品には存在しないはずの透明なシュリンクで密封されているのが確認出来る。そしてボックスの底には「ベースボールカード・エクスチェンジ」という会社が発行した証明書が封入されている。つまりこのボックスは「未開封ボックスを鑑定する専門業者」による鑑定を受けたボックスなのである。
証明書を確認するとそこには「このボックスが発見された日時」、「発見された時の状況」、また「ボックスやパックの状態」等が記載されている。そして証明書は「パックの一番後ろに封入されているステッカーの封入割合が一定である」ことにも触れていて、以上の理由からこのボックスは状況的・物理的に見て未開封であると断定している(※注1)。
注1)1986-87フリアーには1パックに1枚、各パックの最後尾にステッカーが封入されている。パックのセロハンを透かして見るとどの選手のステッカーが封入されているかを確認することが可能なので、ボックスの持ち主が事前に高額なジョーダンが入っているパックだけを取り除いたり、あるいはパックをキレイに開封して別のステッカーと入れ替えたりすることもやろうと思えば出来る。今回のコラムの対象となったボックスではステッカーの封入数が全選手一定で意図的に特定の選手だけが抜かれた形跡が無いことから未開封ボックスだと判断された。
【ここが凄い・その5】「自分で伝説のカードを引き当てる」ことが可能
1900年代初頭のタバコに封入されたT-206シリーズのホーナス・ワグナー、1952年トップスのミッキー・マントル、ベースボールカード界に伝説として伝わるこれらのカードを当時引き当てた人はどんな気持ちだったのだろうか。おそらく当時はそれが特別なことだとは誰も思わなかったに違いない。
しかし現代に生きる我々はそのことに対して強い憧れを抱く。それは「もう引退してしまったスーパースターの試合を見る」ことや「解散してしまった超有名バンドのライブに行く」ことに対する憧れにも近い。物事の真の価値というのは、いつもそれが失われた後で気がつくことが多い。
この未開封ボックスはそういった夢のひとつを叶えることが出来る。1986-87年フリアーの未開封ボックスを手に入れることは、コレクターとして究極の夢である「自分で伝説のカード(マイケル・ジョーダンのルーキーカード)を引き当てる」可能性を手に入れることなのだ。
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以上のことから、なぜ1986-87年フリアーが数あるNBAカードブランドの中でもひときわ特別な存在として扱われるのか理解してもらえたのではないだろうか。これほどのモンスターボックスはもはや二度と現れないかも知れないが、物や物事の価値は時代が変わるごとに移り変わっていくものでもある。
現時点では誰もそこまで特別なこととは思っていないだろうが、10数年後には「ルカ・ドンチッチ(マブス)のルーキーカードを引き当てること」がどれだけお金を出しても買いたい体験になっているかも知れないし、また「八村塁(ウィザーズ)のルーキーシーズンである2019-20年のパックを開封することが夢だ」という若い日本人コレクターも沢山出てくるかも知れない。
このように我々が今普通に体験していることも、時が経てばおそらく特別なことになっていくのだろう。元々1パック60円程度(当時の日本円換算)で販売されていた1986-87年フリアーが何よりもそれを証明している。
soma(ライター/イラストレーター)
長年カード関連の企画・出版物に記事を寄稿しているライターであると共に自身も90年代初頭から四半世紀に渡りカード収集を続けているカードコレクター。
※「Goldin Auctions」の落札額はすべてバイヤーズプレミアム込み。