NPB中日ドラゴンズの福留孝介外野手が9月8日、現役引退を発表し、会見を開いた。
球界最年長、45歳の福留はユニホーム姿で、本拠地バンテリンドームの会見場に姿を見せた。会見に先立ち、サプライズで大島洋平外野手、大野雄大投手らチームメートから花束を渡され、記念撮影に応じた。
「寂しさもありますが、必ず誰しもが通る道。いずれ自分にも来ることは分かっていた。毎年、この年齢になって野球をやっている以上、常にそのつもりでやってきた。これから、子どもたちとも時間ができるし、普通の父親に戻れる部分かなとも思う」と笑顔を見せた。
24年間の現役生活は「楽しかった思いが強いです」という。「単純に野球が好きだったということ。僕はそれだと思っています。何をしていても楽しかった。うまくなったから楽しいではなく、うまくなりたいという気持ちを持って野球をやっているのが楽しかった」PL学園で甲子園を沸かせ、95年のドラフトでは7球団が1位指名で競合。近鉄が交渉権を獲得したが、入団を拒否して社会人野球の日本生命入り。98年のドラフトで、高校の先輩、立浪和義内野手(現中日監督)に憧れ、逆指名で中日に入団した。
2002年、06年には首位打者にも輝いた。08年にはFAでMLBシカゴ・カブスに移籍。クリーブランド・インディアンス、シカゴ・ホワイトソックスと5年間メジャーでプレーし、13年に阪神タイガースでNPBに復帰。16年には日米通算2000安打も達成した。この年には史上最年長となる39歳3か月で2度目のサイクル安打も記録した。阪神から戦力外通告を受けたが、古巣の中日から声がかかり21年に復帰。今年は立浪監督の下でプレーする機会にも恵まれた。
「最初から最後まで憧れの存在であったことは間違いない。最後、その方の力になれず、悔しさがある。先日、話をさせていただいて『逆に力になれず申し訳ない』と言われた。力になれなかったのは僕。言葉をかけていただいて、ありがたかった」としみじみ。
23日からのバンテリンドームでの巨人3連戦で引退試合が用意される。「プロに入る時に2000本という数字は何とか達成したいと思っていた。日米合算だが達成できたのはよかったのかなと思う。自分でユニホームを脱ぐと決めたので、あまりやり残したことはない。すっきりしています」と最後も晴れやかな笑顔で締めくくった。
NPB、MLBで通算24年間で、2450安打、327本塁打をマークした生粋のスラッガーだが、WBCでの活躍も忘れられない。2006、09年には侍ジャパンの一員として世界一に貢献。とくに06年の準決勝での対韓国戦での代打2ランは今でも語り継がれる一打となった。日米で、多くのトレーディングカードが発行されてきた福留だが、このシーンをカード化したTOPPS社「Bowman Chrome」からは、その劇的なアーチの興奮が伝わってくる。
Cove(ライター)
元スポーツ紙ライター。国内外のコレクションアイテムを収集して30年あまり。バブルヘッドのコレクションが自慢で日本唯一のバブルヘッドライター(自称)。トレカはレギュラカードのコンプリと日本人メジャーが中心。