これまでNBAカードの長い歴史の中では色々な流行が生まれ、そこから生まれた名作カードがその時代時代のシーンを彩っていった。近年ではプリズム系カード全般の人気が高まり、それらの製法を用いたカードの評価が軒並み上がったことが記憶に新しい。
【新しい流行の兆し】
そして2020-21年シーズンのNBAカードにおいてもまた新しい流行の兆しが見えてきている。シーズン序盤に発売されたパニーニ『フープス(Hoops)』のインサートカード2種が今、大きな注目を集めているからだ。
そのインサートカードとは、アメリカのバスケ雑誌『スラム(SLAM)』の表紙をそのままカード化した『SLAM』と、近年の試合後の恒例行事になった感があるジャージー(ユニフォーム)交換の模様をカード化した『ジャージースワップ』の2種である。
【クールな表紙をそのままカード化したSLAM】
SLAMはフープスのセット内容が発表された段階から話題になっていたインサートで、発売後はその前評判を証明するかのように多くのコレクターがこのカードを欲しがった。
このインサートの元となったバスケ雑誌スラムはアメリカのバスケットボールとヒップホップカルチャーを組み合わせた雑誌で、そこに使用される写真は既存の雑誌と比べてあえて「ワル」っぽく撮影されたものが多い。そのためスラムの表紙はまるでヒップホップアーティストのアルバムジャケットのような仕上がりになっており、それは行儀よく写真に収まっている他誌の表紙と比べてとてもクールなものだと捉えられた。
またこのインサートには各選手の「これぞ」という表紙が選ばれているので、それは単純に1枚のカードとしても非常にカッコ良かった。更にこのインサートにはカードが光るホロ版があり、多くのコレクターが「好きな選手のホロ版はなんとしてでも手に入れたい」と考えていた。
それを証明するかのようにフープス発売直後のSLAMのオークション相場は非常に高いものとなる。一番人気はコービー表紙のホロ版で、海外オークションサイトのeBayでは1,000ドルオーバー、日本でも5万円台後半という高値で取引された。
【過去にも存在した表紙カード】
今回のSLAMのように雑誌の表紙をそのままカード化したものは過去にも存在している。1998年に発行されたマイケル・ジョーダン(元ブルズ等)のみのカードセット『マイケル・ジョーダン リビングレジェンド』にラインナップされた『カバーストーリー』というインサートセットがそうだ。これらはSLAMと同じくバスケ雑誌の『フープ』『インサイドスタッフ』の表紙がそのまま使用されているのだが、カード人気の面ではSLAMほどには高くない。
その理由としては、「インサートを含む全てのカードがジョーダンなので人気の差がなく全て一律に見られている」ことと、「ホロなどのパラレルが無いので入手困難なカードが無い」ことが大きい。それに加えてこのインサートは雑誌の表紙を元々あるカードデザインの中に挿入しているだけなので、SLAMのように「表紙そのものが1枚のカードになっている」わけではない、ということも挙げられるだろうか。
日本ではスポーツ雑誌の表紙は「その雑誌が発行されている期間のみ使用可能」とされていることが多く、その表紙の画像を別の目的に使用する場合は改めて許可を取るなり契約をし直さなければならない。SLAMが日本の雑誌と同様の契約形態を採っているのかどうかは分からないが、今回のように「トレーディングカードとして再利用し販売する」となれば、カード化実現まで色々と面倒な手続きがあったのではないだろうか。いずれにせよこれほどまでにコレクターに「欲しい」と思わせるSLAM表紙のカード化をパニーニ社が実現したことは、素直に評価に値するだろう。
【今までにない切り口のジャージースワップ】
SLAMと並んで大きな話題となっているジャージースワップは、その名の通りユニフォーム(ジャージー)を交換(スワップ)するシーンを集めたインサートカードである。ジャージー交換はサッカーなどではよく行われていた行為だが、NBAではここ数年の間に色んなチームの選手間で行われるようになった。
それがいつ頃から行われるようになったのかは定かではないが、2018-19年シーズンにドウェイン・ウェイド(元ヒート等)が引退を表明した際、主にアウェイでの試合後に自分と関係が深い選手とジャージーを交換していたことが、この習慣が定着するきっかけとなったのではないかと思われる。
このインサートカードで注目すべきは、八村塁(ウィザーズ)選手と渡邊雄太(ラプターズ)選手のジャージー交換の模様が収められた1枚だ。 このカードは日本市場で大きな注目を集め、フープス発売直後のオークションではこのカードのホロ版が2万円近い額で落札されている。
ジャージースワップのホロ版は前述のSLAMと同じくフープスのリテイル版のボックス(24パック入り)からおよそ1枚の確率で出てくるカードだ。出難いカードには違いないが、このインサートは全10種類なので、全20種類のSLAMと比べると比較的特定のカードを狙い易い部類に入り、正直そこまで高くなる要素の少ないカードではある。
そしてリーグの中でも有名選手が多くラインナップされているこのインサートの中で、八村&渡邊はどちらかと言うとネームバリューが一番低い組み合わせに当たるのだが、実際には彼らのカードは他のカードを凌ぐほどの高値を叩き出している。何故ここまで高額になったのか?それにはいくつかの要因が関係している。
【今すぐ欲しい!日本人NBA選手のカード】
単純かつ一番大きな理由としては、「日本人選手のカードだから」ということが挙げられる。2004年に史上初の日本人NBA選手となった田臥勇太選手(元サンズ、現宇都宮ブレックス)の最初のサイン入りルーキーカードが発行された時には、オークションでの落札価格が6万円以上に高騰したことがあった。
1992年、バルセロナオリンピックの男子バスケットボール競技においてNBAのスター選手で固めたアメリカ代表の『ドリームチーム』が圧倒的な強さで優勝を成し遂げると、世界中でNBAの人気が急激に高まった。その頃、日本では大手スポーツショップがNBAカードを輸入し始めそれが爆発的な売れ行きを見せる。それをきっかけに都内を中心としてトレーディングカードを専門的に取り扱うショップができ始め、その後全国的な「トレカブーム」が巻き起こった。
少し話がそれてしまったが、要は日本のコレクターは歴史的に見てもNBAカードが大好きな人たちなのだ。そのリーグに日本人選手が入ったとしたら熱狂しないわけがない。
そのカードは枚数が限定されているものの全部で1999枚あるので、少し待てば無理せずに手に入れることが出来た。事実その後すぐにカードの相場は落ち着き3000円台にまで下がっている。
しかし、こういうことが頭では分かっていても気持ちが抑えられないのがファン心理というもの。「このカードを逃したら次は無いのではないか?」「田臥選手のカードを欲しがる日本人は1999人以上いるに違いないから、手に入れられるチャンスがあるうちに手に入れておくべきでは?」と考えると止まらなかったのだろう。
今回のジャージースワップのホロ版も発行当初はほとんど市場に出てこなかったので、日本のコレクターの「今手に入れておかねば!」という気持ちが強く働いたのではと考えられる。
【史上初『日本人選手同士』のNBAカード】
そしてもう一点、ジャージースワップは「NBAの試合後にジャージーを交換する模様を収めたインサート」だということを忘れてはならない。つまりこのカードは大げさに言えば「NBAでベンチ入りしている日本人選手が2人いた」ことを歴史的に証明する1枚でもあるのだ。
もしかしたら八村、渡邊両選手はこれから先、何年にも渡ってNBAに残ることになるかも知れないが、それでもこのカードは日本のNBAファン、バスケファン、そして日本のバスケ界にとっていつまでも特別な1枚であり続けるだろう。
【特別な関係性を持つ選手同士のカード】
今のところNBAでのジャージー交換は「特別な関係性を持つ選手同士」で行われることが多い。ジャージースワップの他のカードに目を向けてみると、タイラー・ヒーロー(ヒート)&P・J・ワシントン(ホーネッツ)らのケンタッキー大出身コンビや、ヤニス、タナシス(以上バックス)、コスタス(レイカーズ)らのアデトクンボ兄弟などなど、何らかの縁で繋がった組み合わせになっている。
過去のNBAカードでも、このような選手間の繋がりをテーマにしたカードがいくつか発行されている。その元祖は1992-92年スカイボックスに封入されたインサートカード『スクール・タイズ』になるだろうか。このインサートは出身大学が同じ選手同士を集めたカードセットになっている。
この出身大学が同じ選手同士のカードは根強い人気があり、様々なブランド・年度のNBAカードに採用されている。ジャージースワップでは渡邊選手と写っていた八村選手も、ゴンザガ大学で一緒にプレイし同時にNBA入りしたブランドン・クラーク(グリズリーズ、2019年ドラフト21位)との組み合わせで何枚かカード化された。
その他にも親子揃ってNBA選手になった家族を特集した2013-14年パニーニ『ファミリービジネス』や、兄弟、ドラフト順位、プレイスタイル等々、何かしらの共通点がある選手同士を特集したプレステージ『コネクションズ』などがある。
【今後のトレンド】
2020-21年シーズンのNBAカード界隈は、現在のところ大仰なメモラビリアカードやサインカードではなくSLAMやジャージースワップのような魅力的なインサートが牽引している。また上記2つの他にもドンラスの『ゼログラビティ』もかなりカッコ良いカードで、今後はこういったカードとしてのカッコ良さを追求していく流れがトレンドになっていくのではないだろうか。
2021年4月時点でNBAカード市場はいまだボックス・パック価格も含めた高騰が続いており、メーカー側もそのことは十分に認識していることだろう。ただ近年のカードで高騰・高額化するのはルーキーカード、サインカード、実使用系カードばかりで、インサートカードのほとんどはその対象から外れている。
なんとなくではあるが、今季メーカーがインサートカードに力を入れているのは「ボックスやパック値段の高騰は認識している。それでもカッコ良いカードをなんとかしてユーザーの手に届けたい」という気持ちの表れではないか、と思えてしまうのだ。NBAカード市場の相場も、そしてコロナ禍に起因する実生活もまだまだ難しい状況は続いているが、「NBAカードを楽しもう」という気持ちで乗り越えていきたい。
soma(ライター/イラストレーター)
長年カード関連の企画・出版物に記事を寄稿しているライターであると共に自身も90年代初頭から四半世紀に渡りカード収集を続けているカードコレクター。