サッカーの元日本代表で、2002年のワールドカップ(W杯)日韓大会で2試合連続ゴールを決めるなど活躍した稲本潤一が12月4日、今季限りでの現役引退を表明した。
社会人チームの南葛SCに所属する稲本は都内で記者会見に臨み「ここ2、3年は毎年、引退のことを考えていたが、ことしはチームの力に今の自分の力ではなれないとすごく感じて、決断しました」と話した。
稲本は鹿児島県出身。主に守備的ミッドフィルダーとしてプレーし、守りだけでなくタイミングよく前線に飛び出す攻撃参加も見せた。
ガンバ大阪のユース出身で当時の最年少記録となる17歳6か月でJリーグデビューを果たすなど早くから頭角を現し、小野伸二さんなどとともに「黄金世代」と言われるメンバーのひとりとして1999年の世界ユース選手権で準優勝したほか、2000年のシドニーオリンピックにも出場した。
22歳で出場した2002年のワールドカップ日韓大会では1次リーグの初戦のベルギー戦と続くロシア戦で2試合連続ゴールで決めて、初の決勝トーナメント進出に大きく貢献した。
その後も2006年のドイツ大会、2010年の南アフリカ大会と3大会連続でワールドカップを経験するなど日本代表として通算82試合に出場し、5得点をあげた。
クラブチームでは、ヨーロッパでプレーする日本選手がほとんどいなかった2001年にイングランドプレミアリーグの強豪、アーセナルに移籍。アーセナルでのプレーは1シーズンのみで、リーグ戦の出場機会はなかったが、翌年に移籍したフラムでは日本選手として初めてプレミアリーグに出場し、カップ戦ではハットトリックを記録した。
海外では7つのクラブでプレーし、トルコ1部のガラタサライではヨーロッパ最高峰の舞台となるチャンピオンズリーグでゴールをあげるなど、今や当たり前となった日本選手の海外挑戦への道を切り開いたひとりとなった。
2010年には川崎フロンターレに移籍してJリーグに9年ぶりに復帰し、北海道コンサドーレ札幌ではかつての盟友、小野さんとチームメートとなった。
そして、2022年から、人気漫画「キャプテン翼」で主人公が所属したチームと同じ名前の社会人チーム、「南葛SC」でプレーを続けていた。
現役時代の思い出などについても触れ、W杯日韓大会については「あの試合をきっかけに自分の名前が世界に知ってもらえて、あのゴールのインパクトはすさまじいものがあった」と振り返った。
ガンバ大阪でJリーグデビューして以来、海外の強豪クラブから国内の社会人チームまで、レベルも環境も異なるさまざまなクラブで、45歳までボールを追いかけた。「やっぱりサッカーが楽しいに尽きる。環境は違ってもボールはひとつですし、サッカーというスポーツであることに変わりない。28年間やってきたけれど、やりきったという感じが今の正直な気持ちだ」と話した。
今後については「できれば指導者の道に進みたい。自分の経験をより高いレベルで伝えていきたい」とした。
会見では「キャプテン翼」の作者で南葛SCの代表を務める漫画家の高橋陽一さんから自身を描いたイラストをプレゼントされ、笑顔で記念撮影に応じた。
稲本のトレーディングカードは、海外挑戦のパイオニアらしく、海外製カードも多い。逆に、米ネットオークション「eBay」では、日本製のカードも、海外メーカーの日本代表ユニのカードも数多く出品されている。国内外でのその活躍は世界中で語り継がれていく。
Cove(ライター)
元スポーツ紙ライター。国内外のコレクションアイテムを収集して30年あまり。バブルヘッドのコレクションが自慢で日本唯一のボブルヘッドライター(自称)。トレカはレギュラカードのコンプリと日本人メジャーが中心。