【プリズム系カードの高騰】
2019-20年シーズンのNBAはコロナウイルスの世界的な拡散によって2020年3月上旬の試合をもってシーズンが打ち切られ、5月上旬現在においてもプレイオフの開催も未定という前代未聞の事態となった。
しかしこんな状況下でもNBAカード市場の動きは更に活発になっており、その勢いは留まるところを知らない。
今年に入ってからのNBAカード市場の中で最も特徴的な動きと言えば、「プリズム(PRIZM)系カードの高騰」が挙げられるだろう。ここで言うプリズム系カードとは、パニーニ社発行の『プリズム』や『オプティック』、『セレクト』、そして以前にNBAカードを発行していたトップス社の『トップス・クローム』、『ファイネスト』を含めたクローム(めっき)加工されたカード全般を指す。
【プリズム系カードの歴史】
元々、クローム加工されたカードはコレクターの中でも評価が高く、そのルーツを辿ると1993-94年シーズンにNBAカードに初めて「最高級版」という概念を持ち込んだトップス社の『ファイネスト』や、1996-97年シーズンにその生産数の少なさから急激な高騰を見せた『トップス・クローム』などのブランドに行き着く。
これらのブランドはベーシックな作りのNBAカードの中では最高峰だと認識されており、2009年にNBAカードの発行権利がパニーニ社に移行した際には、上記ブランドと同様の加工を施している『プリズム』、『オプティック』、『セレクト』に人気が集まることとなった。
【ルーキーカード人気の加熱】
以前からヤニス・アデトクンボ(バックス)等、プリズムにラインナップされているルーキーカード(※注1)の人気は高かった。そして昨年、ルカ・ドンチッチ(マブス)やトレイ・ヤング(ホークス)がブレイクし、更に今年は超大型新人のザイオン・ウィリアムソン(ペリカンズ)が登場したことでプリズムの人気が再燃。またアデトクンボやドンチッチがシーズンMVP級の活躍を見せたことでその人気は更に加熱し、今やコレクターは争うようにして彼らのプリズムのカードを手に入れようとしている。
この加熱具合を語るにはドンチッチのカードが辿った経緯を見ると分かり易い。彼のプリズムのルーキーカードは発行当初は30ドル程度の値段だったが、今年になりジワジワと値を上げてきて、現在では200ドルまで上昇している。アデトクンボのように最初は無名の選手だったならばこの動向も頷けるが、デビュー当初からスター選手として活躍を続けていたドンチッチがこうなるということは、ほぼカードそのものの需要が上がった結果だと見ていいだろう。
そんな経緯もあって今年度のルーキー、ザイオン・ウィリアムソン、ジャ・モラント(グリズリーズ)の同ブランドにおけるルーキーカードも相当な人気となっている。特にザイオンに関してはまだNBAでの試合を19試合しかこなしていないのにも関わらず既に250ドルもの市場価格がついており、過去に発行されたプリズム系カードの初動としては史上最高レベルの高騰を見せている。2003年当時、世界中で騒がれたレブロン・ジェームス(現レイカーズ、当時キャブス)のトップス・クロームのルーキーカードの初動が50ドル程度だったことを考えると、ザイオンのルーキーカードの人気過熱ぶりがどれほど凄いものなのかを理解出来るのではないだろうか。
【人気の波はレギュラーカードにまで】
またプリズム系カードの高騰自体は過去にも何度かあったのだが、その対象は決まってルーキーカードだけであった。今回の高騰が過去のものと違っているのは、マイケル・ジョーダン(元ブルズ等)やコービー・ブライアント(元レイカーズ)、そしてレブロン・ジェームスらのレギュラーカードまで影響を受けているということだ。
1996-97年のトップス・クロームの例を見てみよう。この年はコービーのルーキー年度に当たるためルーキーカードであるコービーらの価格は元々高かったのだが、何か特別な位置づけがあるわけでもないジョーダンのカードは長い期間10~40ドルの価格帯で推移していた。しかし今年の初旬あたりからネットオークションでの落札価格がグングンと上昇し、5月現在では400ドルの値をつけるまでになっている。
そしてジョーダンの価格上昇を受けて世界中のカードコレクターはジョーダンに匹敵する選手の同等のカードを探し始め、その結果2012-13年シーズンのプリズムに封入されたレブロンやコービーのレギュラーカードも急激な高騰を見せた。2019年6月時点の市場価格ではそれぞれ30ドルと5ドルだったレブロンとコービーのカードは、2020年5月時点で400ドルと150ドルを記録している。
【人気過熱による問題点】
その一方、この高騰の影響でコレクターにとってはあまり歓迎出来ないようなことも起こり始めている。過去のカードが総じて値上がりした影響で、今季のプリズム系カードブランドには発売前から過大な需要が集中。その結果、パックやボックスの販売価格が例年に比べて格段に高くなってしまったのである。
そもそもカードショップに並んでいるNBAカードのパックやボックスは元々定価がある商品ではない。そして人気があるからと言って後から増産されたりはせず、基本的には作り切り・売り切りの商品である。要は数に限りがあるのだ。
なので、その商品が欲しい人の数が急激に増えたり、中に入っているカードの市場価格が上がったりすると、その商品を販売するための適正価格はどんどんと上がっていくことになる。カードの市場価格の高騰は、ひいてはパックやボックスの販売価格の高騰にも繋がっていると言えるだろう。
そのような経緯もあり、現在NBAカードコレクターの中からは「パックやボックスの販売価格は子供や一般的なファンが買えるくらいの価格に収めるべきだ」という声が多く挙がっている。それは実際にその通りなのだが、販売側の立場になってみると「市場からの需要が極めて高く、中身の市場価値が数倍になってしまった商品を以前と同じ価格で売ることは難しい」となるわけである。これもこれで正論でありどちらが間違っているという話ではない。結局のところプリズム系カードのブームが収まり需要が落ち着くまでは、このような状況がもうしばらくは続くのではないだろうか。
【カードの魅力で勝負する時代へ】
今回は何やらお金関連の話に終始してしまったが、最後に一点ポジティブな面にも触れておきたい。ここ10数年間、NBAカードで注目されるのは直筆サインばかりだったが、今回の件で再びカードそのものが注目される時代に回帰するのではという期待感がある。
直筆サインカードが登場して以来、選手とのサイン契約やそれに伴う諸経費がカードメーカーの経営を圧迫してきたと言われているが、今回のようにカードそのものの魅力によって支持が得られるならばそういった今までの「サインありき」のサイクルから抜け出せる可能性も秘めている。
1993年、クローム加工カードの元祖であるファイネストが世に出た時、当時のコレクターはその重厚さと七色に輝く『リフラクター』の輝きに魅了された。四半世紀以上の時を経て、今またその輝きがNBAカード界を照らそうとしているのはなかなか痛快な話ではないか。
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注1:各選手の初年度に発行されたレギュラーカードを指す。大体がデビューした年度に発行されるが、ドラフト外の選手や後から頭角を現し始めた選手等はデビュー年度以降に発行されることもある。その際、一番最初に発行された年度のカードがルーキーカードとなる。
soma【ライター/イラストレーター】
長年カード関連の企画・出版物に記事を寄稿しているライターであると共に自身も90年代初頭から四半世紀に渡りカード収集を続けているカードコレクター